「i-morley」の生放送を再開

1週間の西日本ツアーを終えました。参加された皆さま、各地で主催された皆さま、本当にありがとう!

ツアーを終え、「i-morley」の生放送を再開しました(最新の番組アーカイブへ)。

それにしても今回、いよいよもって日本国内のあちこちが身近になりました。時間とシチュエーションがあれば、小さな町もひとつひとつ回っていきたいと思うほどです。目立たないところで日本の環境が静かに変わっていて、新たな流れも生じているという手応えが、今回の皆さんとのやりとりで得られました。

これから起こるだろういくつかのトレンドを考えてみました。まず、「身近さ」をきっかけに人と人が出会うスタイルのネットワークが育っていく予感。これまで匿名を前提とした掲示板のような距離感で、「論点」をぶつけあったり、自分本位の主張を強めにする『第1期ネット文化』のようなものがあったように感じます。アメリカのティーネージャーの男の子が持つような世界観・物言いが最大限に肯定された「WIRED」風味のネットです。使っている人たちが男性の大学生中心だったところから爆発していったため、それも頷けます。

さて、時代が変わって端末もインターフェースもより簡略化し、生活の一部に浸透した現在のネットでは「強がりを言う男の子」的なコミュニケーションが次第に主流の座を明け渡しているように感じます。その明け渡した先は、何なのか?ずばり、「働く女性」かもしれないな、というのが直感です。コミュニケーションをしている相手は必ずしも匿名ではなく、電話をかけたり実際に会う可能性もある、との前提でやりとりをする。そして距離感も想像の中で適切に取り、自分本位の物言いを控え、相手と建設的な対話を持とうとする。などなどですが、思春期を越え、生活する術を身につけ、匿名の気楽さよりも感受性や心づかいを養った個人同士の交流、といったイメージが強まると思います。要するにネットの精神年齢が成長してきているのです。

こういった新たな流れの中で、人の集まるきっかけも「オフ会」から「ギャザリング」へと進化していくように思います。「オフ会」はあくまで匿名と気楽な関係性を重視したその場限りのものだったり、社会的に不器用な人が友達やパートナーを探しに出かけてくる飲み会みたいなものであることが多いのですが、「ギャザリング」は知り合いの知り合いぐらいまでの距離感で誰かに紹介されることを前提とした集まり方です。社交術も必要ですし、他人と会話する上での礼儀や表現力が磨かれていることがポイントになります。順番に一人一人が自己紹介をして発言をする「オフ会」に比べ、「ギャザリング」は個性や魅力がある人には有利に出来ています。ネットがあくまで均等に発言の機会を与える「フラット」なメディアであると考えられている一方で、社交界は「有機的」で凹凸があります。

個人的には、ビッグネームのスポンサーがプロモーションをかねて開催したようなイベントよりも、顔見知りや魅力ある人との出会いに期待できる場の方が好きです。ぼくの好き嫌いでもありますが、共通の話題がそのスポンサーや主催者しかない、というのは味気なく感じるので、ほとんどの業界系イベントからは招待されても、行くことはほとんどありません。逆に、おもしろいことを考えたりやったりしている友達からの誘いであれば、その人の「人徳」で行きたくなるもの。つまり箇条書きにしたメリットで判断する、という集まり方よりも、顔が見える集まりの方が余韻を持つからです。

一方では「5人から500人のギャザリング」があり、反対の極にフジロックや野外レイブがあります。人が集まる上で「スケール・メリット」=つまりでかければでかいほど画期的なハプニングという価値観から一部の人が離れていくトレンドがこの先起こると思います。

一人だけで端末に向かうオプション、あるいはオフ会、という従来の選択肢に加えて「ギャザリング」という新たな道が出現している。そんな気がします。

Posted by molitter : 11:12